マルファン症候群の場合、命に直結する心臓血管の症状に注目が集まります。
整形外科の症状は、実は、症状のある患者にとっては日常の悩みとして大きいものの、同じマルファン症候群患者士交流場でも命がけの手術が優先話題となり、後回しにってまう領域です。
マルファン症候群の骨格の問題点と対処法について、2013年10月に小野貴司先生よりご寄稿いただきました。
小野先生は、2013年9月末まで東京大学医学部付属病院 整形外科マルファン外来にいらっしゃり、2015年現在はJCHO東京新宿メディカルセンター脊椎脊髄外科主任部長として診療に携わっておられます。
マルファン症候群の骨格の問題点と対処法 (2013.10.29)
JCHO東京新宿メディカルセンター 脊椎脊髄外科主任部長 小野貴司
整形外科医が診ていることは主に生活の質に関わることです。痛みや動きが悪いなどといったことが多いです。そのような立場からお話をさせていただきます。マルファン症候群の方では、鳩胸や漏斗胸といった胸郭の変形、側弯や後弯やすべり症といった背骨の変形、扁平足のような足部の変形、緩くなった関節を注意して診ています。鳩胸は胸の中央部が前に出ている状態、漏斗胸は胸の中央部が凹んでいる状態、側弯は背骨が横に曲がっている状態、後弯は背骨が後ろに出ている状態、すべり症は背骨と背骨がずれている状態、扁平足は土踏まずが無くなって足が変形している状態です。漏斗胸、側弯、後弯は肺や心臓を圧迫して呼吸機能や血液循環に障害を起こし、側弯、後弯、扁平足は姿勢の問題を生じさせることがありますし、ひどい痛みを起こすこともあります。扁平足や緩い関節は運動を制限させることがあります。それらの問題について、私見を含めて述べさせていただきます。
漏斗胸
漏斗胸は胸の中央部が凹んでいる状態ですが(図1)、軽度では特別な障害を起こさないことが多いです。しかし、重度の漏斗胸では、胸の骨が肺や心臓を圧迫することがあります(図2)。このような状態では肺活量が減少し、心臓弁膜症や不整脈をおこす場合もあります。
漏斗胸は約400人から1000人に1人発生すると言われています。ところがマルファン症候群の方では、3人に2人の方に発生すると報告されています。また東大のマルファン外来では3人に1人の方に漏斗胸が確認されています。いずれにしても、手術を要するような重度の漏斗胸ばかりではありませんが、かなりの高頻度です。また、漏斗胸の発生時期は出生時から2歳くらいまでと言われていますが、マルファン症候群では5歳から12歳くらい(平均約9歳)とやや遅れて発生する傾向があります。身体の成長とともに漏斗胸は進行し、成長が止まると進行も止まります。 漏斗胸が手術治療を必要とするのは、肺や心臓が重度に圧迫され何らかの障害が出ている場合です。たとえば僧帽弁の逸脱や不整脈、あるいは肺活量低下などの呼吸障害です。
NUSS法と呼ばれる手術法があります(図3)。
金属性の棒(図4)を胸腔内に通し、その棒が胸郭を内側から前方に押し出すようにひっくり返します。
2から4年間程度設置しておき、胸の形が安定したら棒を抜き取ります。CTで確認すると肺や心臓の圧迫が減少していることが分かります(図5)。体に残る傷跡も少なく、負担も少ないようです。
マルファン症候群では行ってもらえない、と言う方にお会いしたことがありますが、決してそのようなことはありません。金属製の棒が2本必要となったり、統計学的な差は無いものの術後感染が多いとの指摘がありますが、マルファン症候群の方にも問題無く手術は行われています。
側弯症と後弯症
側弯とは、レントゲンでコブ角と呼ばれる背骨の曲がりが10度以上ある状態をいいます(図6)。
実際には、前にも後ろにも曲がり、しかも捻じれていて、三次元的に変形しています。通常、女性に多くみられますが、マルファン症候群では男女での違いはありません。10度以上の側弯は2から3%の方に発生しますが、マルファン症候群では63%に発生します。マルファン外来では、10度以上の側弯がマルファン症候群の81%に発生しており、40度以上の側弯は17%(通常は0.1%)、100度を超えるものは2%でした。50度以上の側弯は進行しつづけます(図7)。
左側は胸椎の側弯で、右側は腰椎の側弯です。胸椎だと50度、腰椎だと40度を超える側弯は進行しつづけます。それ以下の側弯であれば成長が止まると進行も止まります。それに対し50度を越える側弯は成長が止まった後も進行し続けます。バランスも崩れてきます。マルファン症候群の方は、さらに小さい角度、40度以上でも進行しつづけてしまいます(図8)。
また、成人後、通常では予想されない時期ですが、進行する場合もあります。それらのことはあまり知られていないようです。 マルファン症候群の後弯症は、胸椎(胸の部分にある背骨)と腰椎(腰の部分にある背骨)の移行部位によく発生します(図9)。
報告では、マルファン症候群の40%に50度以上の後弯症があるとされています。マルファン外来での調査では、30%の方に20度以上の後弯があり、胸椎は前弯(前に反った状態)になっていました。 良い姿勢をとっていれば側弯や後弯進行を予防できるのではないか、お子様の姿勢が悪いから側弯になったのではないか、という質問を多くの親御様から受けますが、決してそのようなことはありません。また、トレーニングをさせているけれど筋肉がつかない、ということも耳にします。がんばって筋肉をつけようとしてもつけられなかったり、良い姿勢を保とうとしても疲れてしまったりするのは、決してやる気が無いからでも、怠けているからでもありません。マルファン症候群は筋肉にも影響をあたえ得るのです。側弯症の治療となり得るのは、装具や手術です。
側弯・後弯の問題
側弯と後弯は外見だけのことに留まらず、それ以外の問題を生じさせることがあります。そのうち腰痛、背部痛、呼吸苦は生活の質に大きくかかわってきます。20歳前後の若者では痛みで困っている方はほとんどいません。かなり曲がっていても、痛みを感じることは少ないようです。しかし、その母親は側弯による腰痛に苦しんでいるという状況に遭遇することがあります。親の年代になるまでは痛みがでないのです。医療の進歩でマルファン症候群の方の寿命は長くなりました。長生きをしても痛みによって生活に支障がでているかたがいらっしゃいます。こんな話を聞きました。「背中が痛くて長時間立っていられないです。しかし、背が高く頑丈にみえるため、そのようには思ってもらえません。電車で席を譲ってもらえることはありません。」これまでは心臓の治療が優先され、側弯の治療は影に隠れていた印象があります。しかし、これからは、生活の質を維持することにも気を配る必要があるのではないかと思います。 若いときには痛みのような症状は多くありませんが、年齢とともに、腰痛がひどくなります。胸椎の側弯が強い方は背部が痛ひどくなることがあります。バランスが悪くなると、腰痛が強くなることがあります(図10)。
さらにバランスが崩れて、肋骨が骨盤に食い込み痛みを訴える方もいます。後弯では、背骨が後ろに出ているところ、主に胸椎と腰椎の移り変わりの部分が痛くなります(図9)。
側弯症が進行すると呼吸が障害されます。90度以上の側弯では肺活量が低下します。100度を越えると、本来必要な量と比べて約50%程度の肺活量となってしまいます(図11)。
また、背骨の動きや胸郭の動きも制限されます。マルファン症候群の方で、漏斗胸を併せ持つ場合には、更に障害されている可能性があります。100度を超える場合には、在宅酸素療法が必要になる方もいます。
側弯症の治療
側弯症の有効な治療には装具療法と手術療法があります。側弯の進行を予防する、あるいは矯正することができる治療法です。 装具療法は、特発性側弯症(思春期に女児に多く発生する)と同様に、マルファン症候群の方も25度から開始することが推奨されています(図12)。
しかし、マルファン症候群の装具療法の成功率があまりにも低いため、装具療法を行わない考えの医師もいます(図13)。
私は、成功率が低いことを説明したうえで、同意をいただいた方だけに装具療法を行っています。装具療法の成功とは、治療の終了時に開始時の側弯の角度を維持できていることを言います。装具を装着している期間には変形が矯正されますが、装具を外すと変形が戻ってしまうことがほとんどだからです。あくまでも進行の予防が装具治療の目的となります。私は胸椎から骨盤をカバーするタイプの装具を多用しています(図14)。
このレントゲンのように、装具を装着している時には背骨は矯正された状態を保っています(図15)。
マルファン症候群のかたは、40度以上の側彎症が手術適応となります(図12)。
マルファン症候群の方で注意して欲しいのは、心臓血管手術後でワーファリンの内服が欠かせない場合には、手術を行えない可能性が高いということです。心臓の問題を抱えている方が心臓の治療を優先するのは当然です。しかし手術の方法によっては、ワーファリンを飲み続けないといけないことを忘れないでいただきたいと思います。側弯が進行して手術が必要になったときには、ワーファリンを飲んでいるために出血量が多くなり危険な手術になってしまいます。
これまでは、側弯症の治療を行わない、あるいはそこまで手がまわらないことが多かったかもしれません。しかし、マルファン症候群の方が長生きすることは当たり前の時代になっています。進行する見込みの高い側弯症の場合には、心臓の手術よりも先に側弯の手術をした方がいいかもしれません。
側弯症の手術には、医療用のスクリューや棒を使います。レントゲンには骨とスクリューと棒が写っています(図16)。
マルファン症候群にともなう側弯症では、特発性側弯症とはスクリューで固定する範囲が異なります。マルファン症候群では、より長い固定が必要になります。短い固定にすると固定していない部位で曲がってきてしまいます。長い固定にすることで、側弯や後弯の進行を食い止め、バランスを保つことができます。現在、手術以外に背骨の変形を矯正する手段はありません。しかし、意外な問題もあります。背骨が真直ぐになると座高が高くなり、しかも柔軟性が無くなります。そのためタクシーに乗りにくくなった、と聞いたことがあります。股関節が硬い方は手術後に骨盤周囲の痛みを訴えることもあります。また、手術中の出血量が多い傾向にあります。特発性側弯症だと1200ml程度ですが、マルファン症候群だと1700ml程度となります。 ワーファリンを内服しているため手術ができない患者さんがいます。そのような方は、新しい薬を試してみると良いかもしれません。痛みを抑える薬を比較的安全に使えるようになっています。オピオイドという薬とアセトアミノフェンの合剤が挙げられます。副作用が無いわけではありませんが安全に使える薬です。従来の薬が効かなかったという方でも、効果がみられる方が少なくありません。ペインクリニックを標榜する医療施設が増えています。痛みの治療が進歩していますので、今まであきらめられていた方も沢山いると思いますが、ご相談すると良いと思います。
扁平足
報告によると約33%のマルファン症候群の方に扁平足があります。一般には16%程度という報告があるので、約2倍の頻度になります。マルファン外来での頻度をみると、約50%の方に扁平側があります。男女差はありません。過去の報告には、通常問題にならないが困っていたら治療するという意味の記載がありますが、意外と困っている人が多いというのが私の印象です。
困っている人が少ないと考えるのは、もしかしたら問題の原因として把握されていないからかもしれません。以前、左膝が痛いという訴えの方がいました。両方とも膝の靭帯が緩いのですが、右は全く痛みが無く、左だけ痛みます。特に怪我などの誘因も無く、レントゲンでも膝は悪くありません。しかし確かに痛みがつづいている様子です。そこで、もう一度左右の膝を見ると高さが違っていました(図17)。
足を見ると、左側だけ扁平足でした(図18)。
後ろから見るとよくわかります(図19)。
アキレス腱が折れ曲がり、足首が内側に移動します。この顕著な足首の移動がマルファン症候群の方の扁平足の特徴です。扁平足のために足が下肢の土台としての役割を負えず、膝に過度の負担があったのではないかと推測しました。現在足底装具で治療中ですが、改善に向かいつつあります(図20)。
マルファン症候群では、膝の靭帯が緩いことがありますので、注意が必要です。
また、扁平足が体幹に影響することもあります。両足の扁平足があり、片足立ちをできない方がいました。扁平足は左足の方がより高度でした(図21)。
体のバランスは崩れ、骨盤が傾き、背骨も傾いています(図22)。体が傾き、関節が緩く、力も弱かったのが原因と推測しています。
扁平足では、他の部位の痛みで症状が出ることがあるので注意を払う必要があり、早期発見することで装具療法が有効となる可能性が増えるという印象をもっています。症状の無い方にお勧めしていませんが、足首が高度に内側に落ち込んでしまう前に治療を開始し
ようと試みています。痛みが減ったという方も確かにいますので、有効な治療となることを期待しています。